仲間は海の向こうにも(マレーシア編)

今年の夏も暑いですね。(毎年同じセリフを言っているように思いますが) 宮城県でもうだるような暑さだというのに、なぜか、南方の用務ばかり続き、南方も南方であるマレーシアはクアラルンプールに行ってきました。

クアラルンプールは北緯3.12度と赤道に近く、熱帯雨林気候に属しています。平均温度は28℃前後で、夏は日本よりも涼しいかもしれません。日本との時差は1時間で、羽田空港からクアラルンプール国際空港までの飛行時間は7時間30分くらいです。昨年訪れたインドネシアも他民族国家でしたが、マレーシアも同様で、マレー系(70%)、中華系(23%)、インド系(7%)となっています。言語や文化、宗教もさまざまですが、それぞれを尊重しながら共存している国です。

 

さて、WASLI(世界手話通訳者協会)は4年ごとに「WASLI Conference(世界手話通訳者会議)」を開催しています。WFD(世界ろう連盟)との取り決めにより、世界手話通訳者会議と世界ろう者会議は、少し日程をずらして同じ都市で開催されます。世界会議の間の3年間は9つに分けられている地域ごとにさまざまな取り組みをしています。全通研はWASLI設立時からアジア地域代表を担っており、WFDアジア地域事務局と連携しながら「Meeting of Sign Language Interpreters in Asia(アジア手話通訳者会議)」を開催してきました。ConferenceもMeetingも日本語訳するとどちらも「会議」じゃん!ということになるのですが、内容が少し異なります。Conferenceのほうは、研究発表がメインで基調講演やパネルディスカッション、ポスター発表などが行われます。サマーフォーラムや東北大会のような感じですね。「大会/集会」と訳すほうが合っているような気もします。一方Meetingのほうは、まさしく「会議」で、各国の代表者が集まり、近況報告や今後のアジアの取り組みなど、議題について話し合うものです。ワークショップなどを加えることもあります。

で、WASLIアジアは今年初めて「1st WASLI Asia 2025 Conference(第1回WASLIアジア会議2025)」と、Conferenceのほうの会議を開催しました。マレーシアの手話通訳者協会(JUPEBIM)がホストとなり、7月31日~8月3日の4日間、アジア内外20カ国・地域から187人が参加しました。

 

7月31日はWASLI国会員(全国レベルの手話通訳者協会)向けのワークショップ「WASLIアジア能力向上トレーニング」で、「5 Whys(なぜなぜ分析)」の方法で、問題の表面的な事象ではなく、その背後にある本質的な原因を見つけ出すトレーニングを行いました。8月1日~2日は、基調講演2本、全体セッション2本、ワークショップ4本、論文発表10本がありました。ワークショップや論文発表は2会場で同時進行され、参加者は自分の希望するセッションに参加します。

論文発表の内容は手話通訳トレーニングに関するもの、手話通訳者のメンタルヘルスに関するもの、手話通訳資格制度に関するもの、CO通訳(ろう者と聴者が協働で行う手話通訳)に関するもの、文化芸術分野の手話翻訳に関するものなど多岐にわたっていました。

今回の基調講演や全体セッションでは、手話通訳者のメンタルヘルスやメンタリングが取り上げられており、どの国も手話通訳者のメンタル面の課題を抱えていることがうかがえます。もちろん、養成方法も仕事のやり方も、日本と海外では大きく異なりますが、どの国も手話通訳者が頑張りすぎているように思います。通訳者が直接相談業務をするわけではありませんが、それでも通訳は人を相手にする仕事ですから、対象者との関わり方やスキルを身に付ける必要がありますね。通訳トレーニングや日々のフィードバックで、それらの知識と技術を学び実践する体制が整っているかどうか考えなければならないのではないかと思いました。

最終日の8月3日は、二つのパネルディスカッションがありました。一つ目は、若手手話通訳者と先輩手話通訳者のディスカッションで、ソーシャルメディアとの付き合い方、バーンアウト(燃え尽き症候群)がテーマでした。若手手話通訳者たちは「デジタルエイジ」と言われる世代で、ソーシャルメディアから情報や知識を収集し、ソーシャルメディアで自己の行動や考えを発信することが当たり前の世代です。しかし、個人の行動と手話通訳者としての倫理的な行動は同一とは言えません。このような価値観の違い、感覚的な違いは、一方的な押し付けではなく、じっくりと対話を繰り返して一致点を探さなければならないだろうと思います。二つ目は各国を代表する手話通訳者たちの経験談でした。手話通訳制度のないところに通訳システムを構築していく取り組みは、各国共通のものがあります。ボランティアから始まり専門職に高めていった先人たちの熱意には頭が下がります。

 

海外のイベントでは、ティーブレイクに飲み物や軽食を提供されることが多いです。また、昼食もセットになっていることもあります。ティーブレイクやランチの時間は交流と親睦の時間です。参加者にはろう者も聴者もいますから、会場内では国際手話で話すことになります。また、8月1日は金曜日で、昼食休憩と合わせて「金曜礼拝」の時間が設けられていました。イスラム教では1日5回礼拝を行いますが、金曜礼拝は金曜日の正午頃に行われる1週間のうち一番大切な集団礼拝です。宗教行事が会議プログラムに組み込まれているのも、日本ではあまり経験できないことですね。

日本にいれば、日本のやり方がスタンダードだと思えますが、一歩外に出てみると、自分の固定観念や視野の狭さに気づかされます。国内でも県が違えばやり方が違っていたりして。自分が馴染んでいるものだけがすべてではないのだと気づく機会はとても重要だと思うのです。サマーフォーラムや東北大会は国内にいながらにして新しい発見ができる貴重な機会です。ぜひ東北大会に行きましょう!

 

第1回WASLIアジア会議2025については、「全通研NOW」に報告を掲載しています。ぜひご覧ください。   

          会長  宮澤典子