このたび、全国手話通訳問題研究会(全通研)の会長を務めることになりました。責任の重さを痛感し、「こんな私で本当にいいのでしょうか……」と、少し逡巡しています。
私はCODAですが、高校を卒業するまで手話はできませんでした。手話がわかるようになったのは高校卒業後、手話で話せるようになったのは大学に入ってからです。あの頃の私に「将来、全通研の会長になりますよ」と言っても、「何の世迷言ですか」と笑って相手にしなかったでしょう。リケジョを目指していた私が、いつの間にか手話通訳をするようになり、「手話通訳仲間増殖計画」のもと養成や研修に携わるようになり、気がつけば40年以上、全通研の仲間とともに歩んできました。
全通研宮城支部を立ち上げたのは1988年。あれから38年になります。当時は手探りの毎日でしたが、多くのろう者や仲間たちとともに支部づくりを進め、手話通訳者の養成や、ろう協と共に運動に取り組んできました。宮城支部の会長を20年間務めましたが、就任とほぼ同時に単身赴任となり、長く宮城を留守にする時期もありました。それでも会長を務め続けることができたのは、役員をはじめ、多くの仲間たちが支えてくれたからです。本当に素敵な仲間に恵まれたと、心から感謝しています。
全通研の理事になってからは30年になります。東北ブロックから推薦され、組織部、財政部、国際部長、副会長と、さまざまな役割を経験してきました。歴代の会長や理事の皆さんから多くを学び、ときには厳しい助言を受け、ときには励まされながら歩んできました。その一つ一つが、今の私を育ててくれました。そして今年、そのバトンを受け取り、会長という役目を担うことになりました。歴代の会長や諸先輩方は、「のりこ、大丈夫かな」と少し心配しながら見守ってくださっているかもしれません。
全通研は会員の皆さんのものです。隣人のろう者が自由に生きられる社会がほしい、手話通訳者がいきいきと働ける環境がほしい、言葉のバリアのない地域社会をつくりたい。会員一人ひとりが、それぞれの願いを胸に活動しています。その声を丁寧に聴き、一緒に考え、一緒に歩む全通研でありたいと思っています。家庭の中で言葉が通じず、悔しい思いをしてきた私だからこそ、「言葉を交わすこと」の大切さを何より大事にしたい。そして、その思いを皆さんと共有していきたいと思っています。
全通研には50年を超える歴史があります。そして、その先には限りない未来があります。全通研がもっと多くの人に知られ、「つなぐ手」が足りなくなるほど仲間が増えたら素敵ですね。たくさんの仲間たちから受け取った財産を大切に育て、次の世代へしっかり手渡していけるよう、もうしばらく頑張るとしましょうか。
そして、ようこちゃん。宮城の未来はよろしくね!
宮澤典子
