会長だより Noricoda in 宮通研

「3つの目 4つの目 俯瞰する目」No.248(2017.04.01)

 以前、この紙面で紹介した恩田陸の『蜜蜂と遠雷』  が、第156回直木賞を受賞した。(もう古い情報になっちゃったけど・・・) 恩田陸の作品は過去5回直木賞にノミネートされており、6回目にしてついに受賞となった。

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 “恩田陸”続きで『チョコレートコスモス』 は役者のオーディションの話である。その中で主人公が「いい役者は3つの目を持っている」と言っている。役者自身の目、聴衆の目、それらを俯瞰する目の3つの目だという。それは通訳者にも言える。通訳者の目は4つだ。・・・よい仕事をする人は「俯瞰する目」を持っている。

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 “3つ”続きの話しだが、3月といえば卒業式シーズンで、先日、わが職場でも卒業式が行われた。その際、学院長が卒業生へのはなむけの言葉として「学び方には三通りある」と話された。・・・ “3月”続きで、宮城県で3月といえばやはり震災である。3月11日前後はあちこちで追悼行事が行われた。仙台市では、仙台防災未来フォーラム2017が開催された。東日本大震災からの復興をめざして、各地・各分野から防災の取り組みが発表された。仙台市の防災専門ボランティアの研修を兼ねたあるセッションは「インクルーシブな地域づくり」がテーマになっていた。インクルーシブとは「誰も排除されない」という意味だ。地域住民(障害の有無に関わらず、年齢に関わらず、ジェンダーに関わらず、使用言語に関わらず)誰も排除されない社会を創りましょうというのが目標である。

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 続きではないが、最近、通訳者が写っている写真を無断で掲載する件が増えている。喜ばしいことに手話通訳がつくケースが増えており、その結果として報道や記事に掲載される写真の中に手話通訳者も登場するというものもある。報道業界の人ならば、きちんとした手続きをふんで掲載するものだが、最近はSNSの普及でシロウト記者がうじゃうじゃおり、いろいろなイベントで写真や動画を撮ってはSNSに投稿するケースが多い。

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*全文は『まざらいん』4月号で・・・

 

「虫のことは虫に話させろ、花のことは花に話させよう」No.245(2017.01.01)

 2017(平成29)年、新しい年が始まりました。

旧年は宮通研の活動にご協力いただき、誠にありがとうございました。新年もどうぞよろしくお願いいたします。

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 従来の意思疎通支援、コミュニケーション支援は、一般社会の情報を障害者に伝える、わかりやすくする方向に目が向いていたと思う。たしかに、「やさしい日本語」やピクトグラム、手話を応用したマカトン・サインなどは、知的障害者のみならず外国人に対しても有効だと思う。しかし、ALS患者においては、かつては家族と医療者とのやり取りのみで進められていた診療が、最近では、患者本人の意思表示により進められているという。たしかに進行性難病の患者を診察する際は、患者本人から状態を聞きださないことには適切な処置ができない。そのため、使いやすい透明文字盤の普及や、サイバニクス(操作道具を使わず直接ヒトと機器を接続して機器を操作する方法)やの開発が進み、本人の意思表示の手段を拡大している。このように日頃接触のない分野の話を聞くことで学ぶこと、考えることが増えるように思う。

 わが同僚の先生は、毎年卒業生への餞(はなむけ)として「虫のことは虫に聞け、花のことは花に聞け」という言葉を送る。私たちは手話を学び、手話通訳の活動をし、聴覚障害者に近いところにいる。聴覚障害者問題を社会に訴えていくことは大切だが、代弁ばかりではなく、当事者が自らの言葉で自由に発信してもらえよう通訳力を磨いていきたい。そして、虫と花のように常にお互いを生かす関係でありたいと思う。

 

*全文は『まざらいん』1月号で・・・

 

「夜空をながめて いのちの大切さを思う」No.241(2016.09.01)

 “Pale Blue Dot”
 “Pale Blue Dot”

・・・ サマーフォーラムの記念講演は、はまぎんこども宇宙科学館館長の的川泰宣氏の「いのちの絆を宇宙に求めて」と題したお話だった。氏の幼少時代の話はとても興味深かった。ハチとトンボの飛び方の違いを不思議に思い、たくさんのハチとトンボの羽をむしって調べたそうだ。好奇心・匠の心・冒険心の三つの心が大切だという。

1990年ボイジャー1号から撮影された地球の写真は“Pale Blue Dot(淡く青い点)”と呼ばれている。太陽の大きさを100%としたら、地球はわずか0.13%でしかない。宇宙が誕生したのは138億年前。地球を含む太陽系の誕生は46億年前で、地球に生命体が誕生したのは38億年前である。宇宙の誕生から現在までの138億年を1年に換算したコスモス・カレンダーを見ると、太陽系の誕生日は8月31日、人間の誕生は12月31日の午後だという。

広大な宇宙からみれば、地球はごみのような点。その点のような星で生きている私たち。地球上には870万種の生物がいると推定される。人類はそのうちの1種類だ。870万分の1の生物がお互いに差別したり殺し合ったりする。なんと愚かなことだろうと考えされられるお話だった。そして、この記念講演の通訳はろう通訳者2名が担った。フィーダーとの息もぴったりで、あぁ、このように翻訳するのだなぁととても参考になる通訳だった。1粒で2度おいしい記念講演だった。・・・

 

*全文は『まざらいん』9月号で・・・

 

「気づきの夏 学びの夏」No.240(2016.08.01)

先日、つくづく自分の思慮不足を痛感する出来事が続いた。はぁ・・・

今年の夏、職場では「ゆう活(夏の生活スタイル変革)」が行われている。ゆう活とは「ゆうやけ時間活動」のことで、仕事を早く始めて早く帰りましょうというものである。通常8:30始業17:15終業のところ、7:00から8:00までの間に15分刻みで始業時間を選べる。朝弱い私は、頭の中で「ムリ!」と叫びつつ、まずお試しゆう活として7:15始業に挑戦してみた。そのため前日は早く休もうと思っていたが、なかなか眠れない。遠足前の幼稚園児並みだ。(いや、うちの幼稚園児たちは夜8時には寝る・・・)それでも、翌朝は予定どおり行動できた。やればなんとかなるものか。今日はてきぱきと仕事を片付けて明るいうちに帰ろう。

自己変革できないときは、外部からの働きかけに乗るのもひとつの方法だと学んだ。

 

*全文は『まざらいん』8月号で・・・

 

「互いの技を分かちあうということ」No.238(2016.06.01)

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 4月から5月にかけて、各団体で定時総会が開かれました。今年度は、宮城県聴覚障害者協会や全通研、全通研東北ブロックでも役員改選となりました。全通研は新会長に千葉の渡辺正夫さんが選出され、理事の顔ぶれが変わりました。全通研東北ブロックも役員が交代し、新しいメンバーで新年度をスタートさせました。宮通研からは横澤さんに代わり矢澤さんがブロック役員になりました。宮通研も新メンバーで運営委員会を始めました。皆さん忙しいなか時間をやりくりして、活動に参加してくださっています。さまざまな行事の企画運営や諸会議などご苦労をおかけしますが、その苦労の何倍もの宝物、経験・感動・仲間などを手にすることができるはずです。

国リハ学院には学生が作詞作曲したが学生歌があります。

 ♪緑豊かな武蔵野の 花水木咲くこの学び舎で 志を高く掲げて集いて学ぶ我等

  互いの技を分かちあい心を一つにして 共に生きる明日をめざし・・・♪

「互いの技を分かちあい・・・」先輩や仲間から伝授された「技」をさらに磨いて次の仲間に渡す、そのやり取りのなかで「技」はさらに磨かれ、業界全体がスキルアップしていきます。人は人のなかで育てられるのですね。

「互いの技を分かちあい・・・」大切にしたいフレーズです。

 

*全文は『まざらいん』6月号で・・・

 

「多様性を尊重するということ」 No.236(2016.04.01)

 新年度あけましておめでとうございます。

 卒業や入学、就職や異動など、春は何かと慌しい季節ですね。別れと出会いによって人間関係にも変化が訪れ、ワクワクとドキドキが混在する季節です。そして、新たな法制度が始まる季節でもあります。

 

 4月1日からいよいよ障害者差別解消法と改正障害者雇用促進法が施行となります。差別解消法については昨年の宮通研学習会でも勉強しましたね。どちらの法律も、共生社会の実現をめざして合理的配慮をしましょうと謳っています。法の理念が具現化されることが望ましいのですが、この法律では不十分だという声もあります。どのようなことか今後しっかり勉強することにしましょう。

 

*続きは『まざらいん』4月号で・・・

 

『Noricoda波瀾万丈~多文化共生・中途コーダの手話通訳論』新発売!

 

全通研発行の『手話通訳問題研究』に連載していた「Noricoda 波瀾万丈」が本になりました。

   Noricoda 波瀾万丈

   多文化共生・中途コーダの手話通訳論

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   著者/宮澤 典子

   企画・編集/一般社団法人全国手話通訳問題研究会

   発行/株式会社 クリエイツかもがわ

   書店販売価格:1,728円(税込)  全通研会員価格:1,500円(税込)

 

「一歩一歩が次への軌跡」 No.233(2016.01.01)

 2016(平成28)年、新しい一年がスタートしました。

 2015年の漢字の一位は「安」。(公益財団法人日本漢字能力検定協会、2015年12月15日発表) 

安全保障関連法案の審議で与野党が対立し、採決に国民の関心が高まりました。国民が積極的に意思表示するため、賛成派も反対派も国会周辺や各地でデモや集会を実施しました。戦後70年の節目を迎え、憲法の解釈に関する話題も増えました。また、世界で頻発するテロ事件や異常気象、建築偽装問題やメーカーの不正などから、人々が暮らしの平安・安全を強く意識した2015年だったのではないでしょうか。

 

 私たちは、2011年の東日本大震災から一層強く安全を意識するようになりました。自然災害から身を守るために防災対策を強く求めてきたはずです。そのため、聴覚障害者災害対策本部を設けて、各地で防災システムを充実させていかなければならないと取り組んでいました。そのような折、9月には、関東・東北豪雨により、大崎市で鳴瀬川水系の渋井川の堤防が決壊し、富谷町や大和町では吉田川や支流の善川・竹林川が氾濫するという水害が発生しました。そのとき、聴覚障害者災害対策宮城本部(宮城県聴覚障害者協会と宮通研で組織)は本部としての対応はできず、それぞれの団体ごとに被害状況を調査することしかできませんでした。東日本大震災救援宮城本部が宮城県聴覚障害者福祉会となり、聴覚障害者に対するリソースやネットワークが充実してしかるべきところ、実態は理想とはかけ離れたものに留まっています。関係団体、関係機関と連携した防災システムやネットワークの構築が、2016年にまず取り組まなければならない課題だと思います。

 

*続きは『まざらいん』1月号で・・・

 

「数の意義」 No.230(2015.10.01)

 先日、ある雑誌を読んでいたところ、「クオラム(puorum)」という言葉に出会いました 。「定足数」という意味で、生物学の分野で注目されている概念とのことです。定足数といえば、総会など会議を開催するための要件を思い出しますが、生物も定足数を守っているとのこと。発光性バクテリアは、集団の数が一定数を超えたとき、初めて爆発的に発光を開始し、効率よく仲間を呼び寄せたり餌を誘引したりするそうです。同様に、生命の萌芽である受精においても、原理的にはたった一つの精子と卵子の結合ですが、精子の定足数が足りないと受精が成立せず、やはり一定数の精子が存在して初めて卵子は受精できる体勢になります。出席者数を確認する議長や監事がいるわけでもないのに、バクテリアや精子がなぜ定足数に達したことを確認できるのかというあたりが生物学の研究焦点になっているそうです。

 このような自然界の仕組みのすばらしさには感心するばかりですが、人間界にもやはり数の論理があります。


*続きは『まざらいん』10月号で


「学びの秋始動!」 No.229(2015.09.01)

 いつのまにか、庭の音楽隊が秋の虫に交代しました。よく「学びの秋」といいますが、一足早く「学びの夏」を過ごしました。世界手話通訳者会議(WASLI)、世界ろう者会議(WFD)、全国手話通訳問題研究集会 サマーフォーラムinみえに参加してきました。

 一つ目の世界手話通訳者会議(WASLI)の講演や研究発表は、国際手話(IS)や各国の手話または英語で行われ、国際手話(IS)と英語への通訳が用意されています。通訳チームは4人体制(ろう2人+聴2人)です。国際手話の通訳はろう通訳者が担当することが多く、スピーカーが英語で発表する場合は、フィーダーと呼ばれる聴通訳者が英語をISなどの手話に通訳してろう通訳者に伝えます。そして、ろう通訳者がISで会場に向けて通訳するのです。聴通訳者が会場向けにISで通訳することもありますが、その場合もフィーダー席の通訳者がフォローします。スピーカーがISやその他の手話で発表する場合は、聴通訳者が英語に通訳します。各国から集まった通訳者たちですが、みごとなチームワークでした。

今年の3月、仙台で防災世界会議が開催されたとき、国連で手話通訳を担当している通訳チームが来日し、国際手話の通訳を行いました。WASLIのポスター発表を見て歩いていたら、国連の手話通訳チームのポスター発表がありました。そこに、宮通研の庄子さんの写真がありました。トルコで宮城の仲間の活躍記録を見て、とても誇らしく思いました。

・・・(中略)・・・

どちらの会議でもろう通訳者が活躍していました。欧米ではろう通訳の資格制度(CDI)もあり、国際会議のみならずいろいろな場面でろう通訳者が活躍しています。3月の防災会議でフィーダーをしていた聴通訳者は、「自分が通訳するより、ろう通訳者の手話のほうがぜったいわかりやすいから」と言っていました。今回の世界会議でも、デンマークの研究発表で、ろう通訳を導入したところ通訳利用数が飛躍的に増加したという報告がありました。そしてろう通訳者と聴通訳者が連携すれば、役割分担によりお互いの負担を軽減しながら、利用者には十分な満足を与えられるとまとめていました。わかることに貪欲な文化圏だからこそとも思いますが、わかることは日本のろう者にも共通の要求だろうと思います。真の情報提供とはどうあるべきかを考えるきっかけをもらったように思います。

さあ、次は東北大会です。みんなで参加し、大いに学び合いましょう。


*全文は『まざらいん』9月号で


「まわりを見てみる」 No.227(2015.07.01)

 今回の「まざらいん」に「全通研がめざす手話通訳制度」というパンフレットが同封されています。これ、なにかなぁ?と戸惑っている会員さんもいらっしゃるかもしれません。これは、全通研が突然勝手に作って、全国の皆さんに押し付けようとしているものではありません。全通研は、これまで、手話通訳制度について、支部長会議や全国代議員会で話し合いを重ねてきました。今度は会員の皆さんと一緒に地域の手話通訳制度を考えていくための討議資料としてつくられたものです。

・・・(中略)・・・

 10月の宮通研学習会で、この通訳制度のことを取り上げます。そのときまで、皆さんの地域の意思疎通支援事業がどうなっているか、全員が“知っている”状態になっているといいですね。もちろん“全員”には、いつも顔をあわせているろう者も含まれます。地域のことはその地域に暮らす人が一番よく知っているはずです。10月の学習会のときに皆さんの地域のことを教えてください。


*全文は『まざらいん』7月号で


「新年度 レッツゴー!」 No.225(2015.05.01)

 新年度あけましておめでとうございます!

4月19日、定期総会が開かれ、宮通研の2015年度が始まった。今年度は宮通研長期ビジョン2024に掲げた、「きわめる・たかめる・はたらきかける」を目標に活動していきたい。

・・・(中略)・・・

 「きわめる・たかめる・はたらきかける」

学習や研究を行い、資質向上に努め、わかったことを周囲に伝えていく。これらは、新たな取り組みではない。これまでもやってきたことだ。そしてこれからもやり続けることだ。

 年頭に、「私の長期ビジョン」を確認しようとお話した。10年後どのようになりたいか。その実現のために、今年はまず何をすればいいか。考えていただけただろうか。

 10年後、私はもう通訳現役ではないかもしれない。そうなったら、バックヤードでみんなをバックアップする人になりたい。教材や文献を並べた部屋で、美味しいコーヒーを淹れて、アロママッサージなんかしちゃう。手話通訳者や要約筆記者たちが、ふらっと立ち寄っては一息ついてまた元気に活動に出かけていけるように。どうかな・・・?


*全文は『まざらいん』5月号で

「一歩前へ!」 No.213(2014.05.01)

・・・宮通研は聴覚障害者の一番近くにいる理解者でありたい。知らないことを学び、学んだことを実践していくのが、宮通研のスタンスだ。さらに理解者をふやしていくことも大きな目的だと思う。知識を増やし実践力を高める、それが社会を変えていくことになるはずだ。「障害者権利条約」には何が書かれているのか、「情報アクセス・コミュニケーション」の保障とはどのようなものなのかなど、地域班で学習できる教材を準備すれば、地域の仲間と共に少しずつ理解を深めていけるのではないだろうか。

・・・(中略)・・・まず、顔を合わせて会話する。それが難しい時期は「まざらいん」などで情報を共有する。「まざらいん」には、たくさんの会員の一言や想いが掲載されている。きっと何かに気づかされたり、共感したり、励まされたりするに違いない。

・・・(中略)・・・それぞれの会場で、皆さんの元気な顔に会えることを楽しみにしている。さぁ、一歩前へ!

 

*全文は『まざらいん』5月号で・・・

 


「一年のスタートは仲間と共に」 No.209(2014.01.01)

・・・宮通研の2014年は1月25日の特別手話講座(みやつうけんまつり)からスタートする。今回の特別手話講座も全通研(本部)の震災支援交付金による事業だ。午前の部はろうあ協会青年部プロデュースの体で学ぶ時間、昼の部は栄養補給しながら頭を使う時間となっている。今年のM1グランプリは宮城の手話検定だ。そして午後の部は、日英通訳と手話通訳を手がけるスーパーインタープリター高木真知子氏の記念講演である。障害者権利条約採択までのウラ話や、日英通訳と日手通訳の共通点と相違点、通訳のデマンド・コントロール理論など興味深い話が聞けると思う。学び始めにふさわしくたくさんのワクワクをご用意している。ぜひたくさんの方にご参加いただきたい。

 8月8日~10非には、福島県郡山市で全国手話通訳問題研究集会inふくしまが開催される。福島り仲間たちも大変な状況の中、準備を進めてくれている。同じ東北の仲間として、震災を乗り越える仲間として、多くの人の参加で集会を支えていきたい。

 皆さんの2014年カレンダーに宮通研をはじめたくさんの行事が書き入れられると嬉しい。仲間が集う場で、たくさんの夢を語り合える1年になりますように。今年もよろしくお願いいたします。

 

*全文は『まざらいん』1月号で・・・

 


「通訳がいるということ」 No.200(2013.04.01)

 先日、仕事でミャンマー連邦共和国に行ってきた。JICA(独立行政法人国際協力機構)が実施している「社会福祉行政官育成(ろう者の社会参加促進)プロジェクトフェーズⅡ*」に協力するためである。現在、ミャンマーには手話通訳制度がない。このプロジェクトは、ミャンマーで手話通訳者を育成することを最終目標としている。まずフェーズⅠで、手話教授のための指導者育成が始まった。そして現在はフェーズⅡとなり、手話支援者に手話を教えるのと並行して、やがて始まる通訳・翻訳の指導方法を学んでいる。

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*(http://www.jica.go.jp/project/myanmar/003/outline/index.html)

 

*全文は『まざらいん』200号記念号で・・・

 


「共に学び共に笑おう」 No.198(2013.02.01)

 先日、2012年度宮通研学習発表会が開催された。当日は会員をはじめ、ろう者や会員外の方々も含めて46人が集まった。以前も各班の1年間の取り組みを紹介する企画として学習発表会を開催していた。今回はしばらくぶりの復活である。

 学習発表会は5つの地域班が行い、研究部はそれぞれ全通研討論集会用のレポートをポスター発表した。やはり班ごとに特色はあるようで、お互いの例会内容や雰囲気を知るよい機会となった。発表後、参加者の投票により宮通研学習会M1グランプリ賞が決定した。2012年度のM1グランプリはきぼっこ班が獲得した

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*全文は『まざらいん』2月号で・・・

 


「語り合おう」 No.197(2013.01.01)

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 2012年9月から、全通研は「被災地における手話通訳者養成講座」を行っている。1か月に1本ずつ計4本のDVD講義を視聴して、レポートを提出するというものだ。仕事や通訳活動、家事などの合間をぬって勉強の時間を確保するのは簡単なことではない。それでも取り組んでいただきたいのは、それによって思考の枠が変わるからだ。

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 今回の講座は講義を丸暗記することが目的ではないし、レポートは正解・不正解を見るためのものではない。目的の一つは、自分の通訳活動について見つめる時間を作ってもらうことだ。 ・・・ 他者の話を聞くことは、自分の中にもう一つ別の視点を据えることだ。それまであたりまえだと思っていたことや苦しいと思っていたことが、別の視座から見ることで違うものに見えてくることがある。日々忙しい中で勉強の時間を取るのは簡単なことではないが、日々の業務に埋没しがちな自分にストップをかけ、いま一度業務の根本を考えるための時間にしていただきたい。

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*全文は『まざらいん』1月号で・・・

 


「集まることの意義」 No.195(2012.11.01)

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 毎月毎月各地でさまざまな行事が開催されている。それぞれ参加者に喜んでもらおうと心を尽くして準備されている。10月6~7日には東北ろうあ者大会・東北地区手話問題研究大会が山形県米沢市で開催された。居住地から離れたところの行事に参加するのは、時間的にも経費的にも負担が大きいが、違う地域の人との接触は、大きな刺激を与えてくれる。今回の東北大会の第3分科会「手話通訳」では、労働領域の事例検討とロールプレイにとりくんだ。その場を構成する人物や、背景、話題等によって手話通訳の場面は異なる。それでも、通訳の動き方のスタンダードはある。ところが、東北ブロックや全国の集会に出てみると、県によってスタンダードとされているもの自体が違っていると知ることもある。自分の県内にだけいたのでは見えなかったことに気づく。逆に県をまたいでも同じ感覚や解釈をしていて、心強く思うこともある。

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*全文は『まざらいん』11月号で・・・

 


「語り継ぐこと」 No.191(2012.07.01)

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 私たちが知っている歴史は、何かしらの史料を手がかりに歴史学者たちが分析したものだ。たくさんの人間の営みがあったはずなのに、どこにも記録されない人の存在は誰にも知られない。今回の震災も同様に、映像や新聞やさまざまな記録集に残されたものは後世に残る。一人ひとりの記憶にだけ残っているものは、後世には伝わらない。それは悔しい。どれぐらいの大きさの地震だったか、津波の高さは何メートルだったかばかりではなく、それを乗り越えた一人ひとりの思いを残しておきたい。

 そこで宮通研は「震災記録集プロジェクト」に取り組むことにした。3・11を経験した会員さん全員に、2011年3月11日から今日までのことを書き残していただきたい。宮通研会員という共通項をもっていても、それぞれのドラマがあったことと思う。被災の体験、支援活動をした体験、活動に関われなかったときの思い、家族とともに震災を乗り越えた体験、町内会など地域活動をとおして復興に向かったとなど一人ひとりの貴重なドラマを残していただきたい。あなたが体験したこととはあなたにしか語ることができないのだから。

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*全文は『まざらいん』7月号で・・・

 


「絆 これまでも、これからも」 No.189(2012.05.01)

2011年3月11日午後2時46分、宮城県ろうあ協会の事務所の時計はあの時間を指し続けている。わたしたちのくらしが一変した時間だ。あれから1年。わたしたちは必死に戦ってきた。不安と、悲しみと、怒りと、罪悪感と、焦燥と‥。戦い続けた2011年は生涯忘れられない年となった。

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新年度になり、168名だった会員が155人になった。退会した方々からは「疲れた、休みたい」という声が聞かれた。退会は残念だが、その声を聞いて少しほっとしているところもある。人はなかなか自分からは「休みたい」と言えないものだ。それを言うということはよほどのことだと思うが、同時にそれを口にできることで自分の状況をきちんと把握していると解釈できる。全通研が重荷になっては本末転倒だ。また元気になった顔に会える日を待つことにしたい。

 

*全文は『まざらいん』5月号で・・・

 


「東日本大震災聴覚障害者救援宮城本部の活動①」 No.178(2011.06.01)

 3月11日14持46分の東北地方太平洋沖地震から2か月半たった。この2か月半本当にいろいろなことがあった。しかし、もう6月になったという実感がない。時間を感じる器官が少しおかしくなったかもしれない。

 

 東北地方太平洋沖地震は、一瞬にしてわたしたちから大切なものを奪った。最大震度7という強い揺れ、海岸部から10数キロ内陸まで押し寄せた津波、誰も予想していないことだった。この津波で14人の聴覚障害者が亡くなった(聴覚障害者救援宮城本部で把握している数)。幸いにも津波から逃れた人たちの体験談によれば、隣家の人が声を掛けてくれたり、職場の同僚が腕を引っ張って逃げてくれたりしたという。身振り手振りで何を言っているのかわからないまま、高台に逃げてから後ろを振り返って唖然としたという話も多い。・・・

 

*全文は『まざらいん』6月号で・・・

 


「縁結び」 No.177(2011.03.01)

   しまねっこ
   しまねっこ

・・・ この事業で、先日島根支部に行った。いつもは空港や駅から会場に直行し、お役目が終わればバタバタと帰る。哀しいかなどこに行っても観光するということがない。しかし、今回の島根は飛行機の都合で4時間ほど空き時間ができた。島根といえば「出雲大社」である。出雲大社といえば大国主大神(おおくにぬしのおおかみ=だいこくさま)、大国主大神といえば縁結びの神さまだ。空港名もなんと「出雲縁結び空港」という。

 その出雲縁結び空港に到着し、さて、出雲大社行きのバスはどこかなとキョロキョロしていたら、なにやら視線を感じた。なんと、島根支部の昌子(しょうじ)支部長さんがニコニコと立っているではないか。

「あら、もしかしてわたしのために来てくださったんですか?」

「はい、もしかしたらこの便かなぁ~と思って」 

 なんということだろう。たしかに到着便は予想できるかもしれないが、約束したわけでもないのに迎えに出てくれるなんて。これにはいたく感動した。・・・

 

*全文は『まざらいん』3月号で・・・

 


「冠婚葬祭 CODAのジレンマ」 No.176(2011.02.01)

 先日、親戚が一同に会する機会があった。わたしの親戚にはろう者が多い。わが家の両親は欠けてしまったが、母の兄弟7人のうち4人がろう者で、その配偶者や子孫を合わせると結構な数になる。そのため、ろう者の存在があたりまえに受け入れている雰囲気がある。言葉の壁がないわけではないが、ホームサインや手のひら筆談でやりとりをする光景が見られる。
昔、まだ手話ができなかったころ、冠婚葬祭など親戚の集まりは苦痛だった。母をはじめ親戚一同は娘の手話の力量も考えず、聞こえるというだけで通訳をさせようとした。自分の力では通訳はできないと説明する力すらなかったわたしは、捕まらないようトイレに逃げるしかなかった。その後なんとか手話や手話通訳ができるようになり、少しは要望に応えられるようになった。

 

*全文は『まざらいん』2月号で・・・

 


「謹賀新年」 No.177(2011.01.01)

新年あけましておめでとうございます。

 

日本漢字能力検定協会が全国から募集した2010年度の世相を表す漢字第一位は「暑」だった。たしかに2010年の夏は記録的な猛暑日が続いた。猛暑といえば埼玉県熊谷市が有名だが、その暑い熊谷で全国手話通訳問題研究集会(夏の集会)が開催された。そして、その集会中、「障害者権利条約に基づく国内法の整備・新法制度をめざす決起集会」が開かれ、『We Love コミュニケーション』パンフ普及運動が始まった。全通研にとってもあつい夏だった。・・・

 

*全文は『まざらいん』1月号で・・・

 


「情報・コミュニケーションは生きる権利」 No.172(2010.10.01)

 聴覚障害者が求める権利とは何だろう。権利条約にもあるとおり、手話や文字表示、触覚によるコミュニケーションが保障され、言語としての手話の使用が認められることだ。中央本部は聴覚障害者・盲ろう者のコミュニケーションがしっかり保障されるために「情報・コミュニケーション法(仮称)」の制定が必要だと考えた。それを国民に理解してもらう取り組みが『We(ウィ) Love(ラブ) Communication(コミュニケーション)』パンフ普及の取り組みなのだ。

 ・・・

 「アイラブパンフ運動」のときは、国民の1%120万部普及をめざした。今回の「ウィラブパンフ運動」は30万部のパンフレット普及と120万人の署名をめざしている。宮城の目標は、パンフ5,400部と署名21,600人だ。欠格条項撤を求める運動のときも宮城県内各地で署名活動を行った。今回もたくさんの人たちに関わってもらい、1部でも多く普及し署名を集めたい。しかし、目標は数をあげることではなく、理解者を増やすことだ。まず「ウィラブパンフ」を手にとって読んでみよう。「情報・コミュニケーションは生きる権利」とはどういうことか、ろう者・難聴者・中途失聴者・盲ろう者が求めているものは何か、社会は何をしなければならないのかを一緒に学び、取り組んでいこう。さあ行動だ! 

 

*全文は『まざらいん』10月号で・・・

 


「こんなに違う日本とアメリカ②(養成)」 No.171(2010.09.01)

 前回に続き、今回は「養成・認定・設置派遣」の「養成」についてアメリカの様子を紹介したい。

 日本における公的な手話講習会は、1970(昭和45)年奉仕員養成講座から始まった。その後カリキュラムが見直され、1998(平成10)年から手話通訳者養成講座が各自治体で行われるようになった。日本の手話通訳者のほとんどはその80+90時間の講座で養成されている。

 一方、アメリカにおける手話通訳養成はすべて高等教育機関で行われている。コミュニティカレッジという2年制の教育機関が100校以上あり、4年制大学も35校と増えてきている。日本における手話通訳養成校は二つしかない。視察先の一つマサチューセッツ州ボストン市にあるノースイースタン大学は4年制大学で言語学部に手話通訳養成課程、大学院に手話通訳指導者養成課程を設置している。学都ボストンには有名な大学が多いが、ノースイースタン大学も由緒ある私立大学である。手話通訳課程の定員は1学年18名、学費も決して安くない(年45,000$≒400万円)。そのような諸条件を克服して入学した学生たちは皆向学心に燃えている。

 

*続きは『まざらいん』9月号で・・・


「こんなに違う日本とアメリカ①(しごと)」 No.170(2010.08.01)

 7月25日秋田で全通研東北ブロツク研修会が開かれ、今年の2月にアメリカの手話通訳養成視察で学んだことを話す機会をいただいた。指導研究班ではすでに報告した内容であるが、改めて宮城の皆さんに報告をしていきたい。
 日本における手話通訳制度化の要求は、1950(昭和25)年に始まる。身体障害者福祉法が前年に制定されたことを受け、当時の全日本聾唖連盟委員長(後に連盟長)・藤本敏文が「手話のできる福祉司を」と訴えた。その後「あらゆる公共機関に手話通訳を」「法的根拠のある手話通訳制度を」という要求が続いている。手話通訳制度化三本柱と言われる「養成・認定・設置派遣」の視点からアメリカと日本を比較してみたい。

 

*続きは『まざらいん』8月号で・・・


「決めるのは誰」 No.169(2010.07.01)

 6月24日、第22回参議院議員通常選挙が公示され、7月11日に投票が行われる。昨年8月の衆議院議員選挙では、政見放送への手話通訳導入に私たちも関わり、政権が交代して、障害者施策改善への期待が高まった。その期待を裏付けるように、10.30全国大フォーラムに長妻厚生労働大臣が出席して自立支援法の廃止を約束し、12月には障がい者制度改革推進本部が設置され、1月から障がい者制度改革推進会議が月2回ずつ開催されてきた。 

 ところが、推進会議が第1次意見案を公表した矢先、ただならぬことが起きた。関係者の願いが一つも反映されていない障害者自立支援法一部改正案が、衆議院厚生労働委員会で可決され、国会に送られることになったのだ。結果的には廃案になったが、5月24日から6月16日にかけて全国で廃案に導くためのすばらしい動きが展開された。『障害者自立支援法訴訟の基本合意の完全実現をめざす会ニュース』からその動きをご紹介したい。

 

*続きは『まざらいん7月号』で・・・


「変わるもの 続くもの」 No.168(2010.6.1)

4月から5月にかけて支部総会をはじめ、東北ブロックや本部の代議員会が続く。5月15~16日の本部代議員会をもって完全に新年度の体制になった。今年度は新しくなることが多い。まず、全通研宮城県支部の名称が宮城県手話通訳者問題研究会となった。支部MAILの名称も新しくなった。全通研本部は7月に一般社団法人となる。東北ブロックの役員体制も変わった。これまで東北ブロックの役員は、各県から1名ずつ推薦された6名で構成されており、東北ブロックから推薦される2名の本部運営委員もその中の一部だった。それが、今年度からは各県1名ずつのブロック役員と、別枠で推薦された本部運営委員2名の合計8名でブロック役員会を構成することになった。ブロック役員6名中4名がニューフェイスで、宮城代表は編集部長の田中裕子さんである。ブロックの雰囲気も一新するに違いない。新しい東北ブロックに大いに期待したい。・・・

 

*続きは『まざらいん6月号』で・・・


「はじめまして『宮城県手話通訳問題研究会』です」No.167(2010.5.1)

 設立から22年経った「全国手話通訳問題研究会宮城県支部」は、この4月17日「宮城県手話通訳問題研究会」に改名した。もちろん全国的には全通研宮城県支部であり、設立以来の目的や事業は変わらない。
 1988年3月27日、手話通訳に携わる人々の組織化を目指して全通研宮城県支部は誕生した。設立はしたものの、全通研として何をすればよいのかわからず、とにかく先輩支部の助言を受けながら学習活動を続けてきた。ところが、設立時は33名だった会員はその後増えるどころか減少し、2年目の会員数はわずか14名になってしまった。その後もしばらく50名の壁を越えられない状態が続いた。全通研は1月31日の会員数をもって次期代議員会(全通研の総会)に出席する代議員数が確定する。会員数1~50名は代議員1名、51~150名は2名となる。支部会員数を51名以上にして、複数名で代議員会に出席することが一つの目標となっていた。毎年、1月末が近づくとブロック推薦運営委員から確認が入る。「なんとだ~?(今年はどうですか?)」「う~ん、難しなぁ・・・(51名は無理です、すみません)」「んだが~、難しがぁ・・・(そうですか、難しそうですか・・・)」という会話が何年続いただろう。ところが、8年目会員は一気に倍増した。46名から80名、その翌年は120名。さらにその翌年、設立10周年となる1998年は153名となった。「平成10年10月10日10時10分に全会員が揃って10周年の記念写真を撮ろう」を合言葉に、10周年記念行事の実行委員たちは全会員に連絡を取った。残念ながら全員が揃うことはできなかったが、全通研宮城県支部の行事で一番盛大なものになった。・・・

 

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「心が生まれるとき」No.166(2010.4.1)

 最近、「わかるとは何か」がマイブームである。先日、孫2号が風邪をひき鼻水を流すようになった。哺乳もままならない状態だったので、母親は鼻吸い器なるものを用意した。泣いているときに吸うのがよいとの小児科医の勧めで、お風呂上りでぐずったときに行うことになった。生後6か月とはいえ、だいぶ感情は発達している。快・不快はもちろん、許諾の意志も表すようになっていた。鼻を拭かれることはもちろん、鼻吸いなんて絶対嫌がるに決まっている。母親は祖母に孫2号の頭を押さえるよう命令した。

 いよいよ、初の鼻吸いatおうちが始まった。・・・

 

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「タマゴが先か、ニワトリが先か・・・」No.165(2010.3.1)

 先日、アメリカの手話通訳養成状況を視察する機会を得た。平成21年度文部科学省特別教育研究費拠点形成事業「高等教育機関のアクセシビリティ向上を目指した筑波聴覚障害学生高等教育テクニカルアシスタントセンター構築事業(T-TAC)」(筑波技術大学)の一部として行われたものである。みやぎDSC(前:宮城県・仙台市聴覚障害学生情報保障支援センター)も加盟しているPEPNet-Japan(日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク)の第7回聴覚障害学生高等教育支援アメリカ視察である。

 全通研創立20周年記念行事として、アメリカ視察を行っていたと思うが、それから15年たっている。日本も通訳制度充実に取り組んでいるが、なかなか追いつけないままアメリカは更に先に進んでいた。・・・

 

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「永遠に」No.164(2010.2.1)

 

 24年前、仙台市内のマンションの家財道具も何もないがらんとした一室に小さいテーブルを囲む3人組がいた。目の前には「TOGETHER」と書かれた原稿用紙。話し合われているのは宮城県内の手話通訳組織について。手話と出会ったきっかけ、手話を学んだところ、手話通訳活動への関わり方も経緯も違う3人は偶然にも同い年。手話通訳者として名を馳せている先輩たちはいるものの、それぞれが点で動いている宮城県に、手話通訳者の集団がほしいと語り合っていた。・・・

 

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「何をめざすか」No.163(2010.1.1)

 先日、ある支部の学習会に招かれた。手話学習者と手話通訳者を対象にした学習会だったが、参加者の中に盲ろう者の姿があった。午前の学習会を終えて休憩をしていると何やら口論をしている気配。何ごとかと思っていたら、先ほどの盲ろうの方が午後の学習会にも残りたいと希望したものの、今回の通訳介助員の派遣は午前のみの契約となっているため、急な変更には対応できず一悶着起きたということらしい。結局、その方は昼で帰り、私は釈然としないまま午後の学習会を続けることになった。・・・

 

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「言葉の大切さ」No.162(2009.12.1)

 小学校時代までの自分はかなり"きしゃきしゃっつい"子だった。("シャキシャキ"ではありません・・・)思ったことは口にしたし、結構論理的な話し方をしていたし、声も大きかったので、さぞかし"きしゃきしゃっつい"子だと思われていただろう。今の自分はそれほど多弁ではない。考えたことが口から出ていくまでの時間も小さいころより少し長い。こうなったのは中学校入学直後のいくつかの出来事のせいである。

 一つは、家族と使用言語が異なるというショックだ。…

 

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「障害者自立支援法から障がい者総合福祉法に?」No.161(2009.11.1)

 8月30日に行われた第45回衆議院総選挙では、いくつかの画期的な出来事がありました。一つは、衆議院比例区の政見放送に手話通訳が導入されたことです。政見放送については、初めてNHK8局で収録されるということで、仙台放送局のある宮城でも、指導研究班が事前学習から通訳者の手配等に取り組みました。併せて、小選挙区の政見放送で使用される政党持ち込みビデオへの手話通訳挿入もあり、忙しいながらも、関係者の頑張りでよい取り組みとなりました。7月に行われた仙台市長選挙では、聴覚障害者向け合同(時間差)演説会が企画され、衆院選政見放送の準備にあたっていた通訳団が通訳を担当しました。しかし、その後10月に行われた宮城県知事選挙では、各候補者の理解が得られず、聴覚障害者向け合同演説会を開催することはできませんでした。国政選挙の変化や4年前までの蓄積が生かされず残念です。

 さて、もう一つの出来事は… 

 

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「チームワーク」 No.159号(2009.9.1)


 先日、芝居を見に行きました。3人のろう者と3人の聴者が共演するものです。朗読劇のような形で、基本的には一つのセリフをろう者と聴者が同時発信する方法で進められていました。芝居のようなものは、どうしても表舞台にのみ目が行きがちですが、本当は観客から見えないとこで活躍するたくさんの人の支えによって成り立っています。

  8月21日~23日、仙台で…

 

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